組み込みエンジニアが目指すIoTストラテジストへの道(3)

午後Ⅱ

 さて…ここが正念場ですよ。

 ITストラテジスト試験が情報処理技術者試験最難関と呼ばれる最大の理由…それはおそらく論文の難易度です。

 普通のエンジニアからすると、大きく2つの障害があると思っていて。

  1. 事業課題と直接対峙した経験がない
  2. 論文スキルの高いライバルと競わなければならない

 敵が持つこれらの特性を変えることはできないので、合格したければ自分を変えていくしかありません。 気を引き締めていきましょう。

 あ、論文試験初めてって人は、システムアーキテクトの論文に関する過去記事をお読みください。そこに書いてあることは知っている、という前提で書いていきます。

事業課題と対峙する

 多分ですが…実装とか設計とかプロジェクト管理といった、現場で開発力を駆使してきたエンジニアのほとんどは、こんなことしたことないと思うんですよ。特に所属する企業の規模が大きければ大きいほど。

 ところがそれを容赦なく迫ってくるのがITストラテジストの論文です。

 例えば2018年度。これなんかは大上段で来ます。

問1 事業目標の達成を目指すIT戦略の策定について

設問ア あなたが携わったIT戦略の策定について、事業概要、事業目標、実現すべきビジネスモデルまたはビジネスプロセスについて、事業特性とともに800字以内で述べよ。

設問ウ 設問イで述べたIT戦略の実現のために、あなたは経営層にどのようなことを進言し、どのような評価を受けたか。

 経験がある向き、例えば企画部員、事業戦略部門の人、コンサルタントといった人々は、自分の経験を書けばいいでしょう。

 一方で、正攻法でITストラテジストの論文に挑む我々エンジニアとしては、まず最初に、

  • 持ち込んだ開発経験を元にして、どうやって事業課題と対峙するか

 ってのがポイントなんだろうな、と。

(かつて存在したであろう)事業課題を想起した上で対峙する

 システムアーキテクト試験以来発揮され続けてきた妄想力を、今回私はこの方向で使うことにしました。

 というのも、我々が日々開発しているプロダクト、サービスにしても、源流をたどると必ず事業課題にたどり着くはずなんですよ。会社は伊達と酔狂で仕事をしているわけではないので。

 例えばですね。2017年度問2。

問2 新しい情報技術や情報機器と業務システムを連携させた新サービスの企画について

 この演習で私が持ち込んだシステムは『画像認識を用いたリテール売り場向け顧客行動分析システム』。新技術としてIoT(カメラ)とAI(動画認識)を使うことになりますね。

 仮に書き手がこのシステムを設計実装したエンジニアで、システムの全体像や概要設計を知っているのだけれど、このシステムの企画背景を知らないとしたらどうするかと言うと、社会情勢や顧客、作り手の状況を含めて推察していくわけです。

  • このシステムの顧客は誰だろう? → リテール向けってことは小売店(事業概要:顧客)
    • 売店の事業課題は? POSはあるはずだが…。
      • POSは個数だけしか把握できない。売り場における消費者の購買行動がわからない (事業特性)
      • 売り場で消費者が興味関心を示す商品や、新商品の導入効果をリアルタイムで特定してフィードバックサイクルを早く回したいのでは? (新技術の必要性)
        • 売り場にカメラを設置して、消費者の行動パターン(取り上げた商品、他商品との比較、パッケージのどこを見たか)を消費者の属性情報と合わせて吸い上げ、蓄積して分析すると、上記の情報が取れる。これを元に仕入れを改善 (検討したビジネスプロセス) すれば、効率よく小売できそう (利用者の便益)
  • このシステムを作ったのは誰だろう? → SIer? もっとマーケに関心のあるプレイヤーでは? 広告代理店とか (事業概要:自社)
    • なぜ広告代理店がこんなものを作るんだ?
      • マーケティングを効率化したいのでは?
        • 紙のチラシは最近単価が下がってきていて収益性が悪いし、捨てる人も多いので効率が悪い。と言ってメールはスパムフィルタで弾かれて届かないことも多い。(事業特性)
        • 店舗特性に適したマーケティングを行えれば、読んでもらえる広告メールを効率良く送れるし、消費者の受けもいい (利用者の便益)
        • メールトラフィックと広告チラシを減らせればコスト削減 (投資効果)
      • 導入実績が増えてくれば、自社に分析ノウハウも貯まる。他の小売店に水平展開すれば自社の市場を拡大できるのでは (事業戦略)

 太字で記述したのは設問ア、イで求められている項目です。こんな形で、お題として与えられたシステムから、逆方向にニーズを遡って想起していくと、論文設計の基本的な所はざっと埋められるようになります。

 もちろん、受験者がこれらの情報を直接知っているのであれば、そのまま記述すればいいんですが、知らなければこうやって妄想力を働かせ、自分が携わってきたシステムの 『事業上の必要性』を浮き彫りにして論文設計 することで、ITストラテジスト午後Ⅱの論題とひとまずは渡り合うことができるはずです。

 こうしたビジネス上の必要性に迫ることなく、単に『システムを導入しました、効果はこんな感じでした』程度だと、多分勝たせてくれないんじゃないかなぁ…と思います。

"分析"を示す

 事業課題の次に考えるべきなのは、ITストラテジストとして、どのように吟味、検討、分析したかということでしょう。大抵設問イのメインの質問事項です。

 特に事業環境、投資効果、実施結果等の 分析については、IPAのページにもある通り『期待する技術水準』にはっきり示されています1

https://www.jitec.ipa.go.jp/1_11seido/st.html

 (1) 事業環境分析、IT動向分析、

対象となる事業・業務環境の調査・分析を行い、

 で、求められる分析の中で意識すべき分析が2種類あってですね。

  • 効果分析
    • その戦略を実行することで見込まれる投資効果や、実施した結果得られた利益など。
  • 市場分析
    • 参入する市場や自社、他社の立ち位置を含めた環境分析。主として問3で多く求められる。

効果分析

 例えば先程の問2だと、

設問イ 設問アで述べた事業戦略を実現するために…(中略)検討したビジネスモデルまたはビジネスプロセス、利用者の便益、投資効果を明確にして、800字以上1600字以内で具体的に述べよ。

 『投資効果』を『具体的に述べよ』なので、コスト削減万歳とか、市場拡大で爆益とか、そういうフワッとした話をしているわけには行かなくなります。数字で出さないと具体的とは言えないでしょうから。

 これについても、最初から数字を持っていれば、それをそのまま書けばいいんですが、持ってない場合は、投資判断に必要なレベルである程度数値を作ってしまってもいいと思います。

 例えばさっきの『画像認識を用いたリテール売り場向け顧客行動分析システム』の例で書くと。

イニシャルコストはカメラとクラウドへの回線接続料 1店舗当たり100万程度

A社システム構築費用は店舗数で分散させて店舗単位で賦課 1000店舗導入させて店舗当たり100万程度

顧客側のランニングコストは1店舗当たり月数万程度、A社運用費を増分して月額20万程度

顧客側の改善効果は1店舗当たり月150万円程度を見込み

よって初期投資費用が店舗当たり200万程度を要するが、顧客側の改善効果が月130と非常に大きい

A社側では無駄なダイレクトメールを打たずに済むので、全体で月50万程度のコストを低減できる

A社側の収益は初期費用100+ランニング15万/店舗、かつ月50万のコスト削減だが、店舗数が少ないうちは旨味が少ない

A社側のシステム構築費用回収は店舗展開速度次第だが、A社は小売り業の顧客を多く抱えているので、水平展開すれば数年で回収可能と試算している

 この数字が事実かどうかはさておき、とりあえず収支がプラスになりそうな目論見、ってのは分かるんじゃないでしょうか。よほどおかしな算数をしていない限り、これが事実かどうか、結局の所採点者に判断する術はないのですから。

きちんと数値ベースでシステムを検討して投資判断をできるかどうか、裏付けする数値を出せるかどうか、というのは、具体的に述べよ、という題意から見ても重要なので、怠りなきようにしましょう。

市場分析

 これは組み込み系問題の問3でよく出てくる分析です。

 例えば2018年度問3。これはテーマそのものが市場分析です。

問3 組込みシステムの製品企画戦略における市場分析について

 2017年問3。

問3 組込みシステムにおける事業環境条件の多様性を考慮した製品企画戦略について

設問イ 設問アで述べた製品企画の際に分析した内部環境、外部環境の各要素を挙げ、それぞれどのように分析したか。

 前回話をした、

午後Ⅱを分析演習の場とするのです。

 の出番はここで、論文演習中に、求められている分析を実際にやってみればよいのです。

 2018年度問3の設問イを何度かやってみる、というのが面白いかもしれませんね。

設問アで述べた新製品の投入を考えた市場について、どのように調査したか。分析手法の選定理由、分析方法、分析内容及び立案した戦略について、800字以上1600字以内で具体的に述べよ。

 私はIoTセキュリティデバイスを新製品として市場分析を行う演習をしてみたのですが、ここでPEST分析と5Force分析を併用する、という論旨展開を行いました。

 そもそもA社にとって当該デバイスの投入は、過去に類を見ない新製品開発であり、市場の評価自体が存在していない。このため、投入市場そのものの周辺環境を調査したうえで、まずは開発投資に値するか否かを見極める必要がある。このためにPEST分析を用いてIoTデバイス市場自体の将来性を検討する。

 次いで、当該デバイスはセキュリティの汎用部品であるため、具体的な応用用途が存在しない限り、需要を想起しづらい。よって、売り手としては需要が発生し得る産業分野を特定し、当該産業分野に対する販促活動や技術蓄積を行うことで、速やかに、かつ確実な市場収益につなげる準備をしておく必要がある。よって、候補となる産業分野を絞り込むために5Force分析を行った。

 分析手法は他にもアンゾフのマトリクスとかSWOTとか色々あるんですが、外部分析を伴う分析手法を展開したほうが、自社の独りよがりになりづらいので良いと思います。

結果を作ってみる

 で、実際にやったかのように結果を作ってみます。

 ガチで調査会社に頼んでリサーチする必要はありません。5Forceなら、現在の自社の立ち位置を流用してもいいですし、PEST分析なら、Google先生に動向を聞いてみるのもいいでしょう。

 例えば、Google先生から得られた情報や、IoTセキュリティに関する資料を読み込むことで、こんな感じで実際にPESTを行ったかのように論旨展開することができます。

結果、以下の傾向が明らかになったことから、IoTセキュリティデバイスは、市場から需要が発生する可能性が高いと見極めた。

・P:経産省のIoTセキュリティガイドラインが示された。

・E:IoTにおける産業界の投資が活発になっている。

・S:Miraiに代表されるようなIoTセキュリティ攻撃が活発化し、社会不安が増大している。

・T:Webセキュリティ等のソフトウェアセキュリティが、ハードウェアのバックアップを必要とし始めている。

 PEST分析の結果をこうして論文に書こうとすると、PEST分析がどういうものか、よく考えて記述することになると思うんですよ。分からないと頓珍漢な論文になってしまいますから。

 こんな感じで、実際に分析結果を作るときに、分析手法が肌感で分かるってわけです。分析手法が今ひとつ頭に入らない、って人は、こういうきっかけを作ると論文事例蓄積も兼ねられてお得なので、お試しあれ。

経営陣との対話

 最後の関門はこれです。大抵設問ウで、面倒くさいオジさん連中に目論見を説明して、フィードバックを受けることになります。

設問ウ 設問イで述べた新サービスにおいて、新サービスの導入でどのようなことを検証するためにどのような対応策を立案し、経営層に提案したか。

 ただ、経験がなければここは結局ロールプレイです。

 経営層と話をしたことがある人であれば、その人の顔を思い浮かべながら、自身の職場でどういう趣旨で資料をまとめ、どういうフィードバックが得られる 『であろうか』 を想起しながら書くことになります。

 私も役員クラスと話をしたことは数回しかなかったのですが、

  • 基本的に経営層は技術そのものには全く関心を示さない

 ので、何を伝えるにせよ、予算、会社の立ち位置、体制、収益のようなレイヤで話をすることになろうかと思います。

 個人的に気をつけていたのは、

  • 自身の立てた戦略、目論見が満点である、という評価には絶対にしない

 ことですかね。他人なんですから絶対考えの相違はあって、経営視点からの何らかのダメ出しはあって然るべきもの、として評価を記述するようにはしていました。

 いわゆる 『打たせて取る』 戦法で、このダメ出しを受けてフィードバックとして自身の目論見を改善した、という流れにすると、話としては自然ですし、オレオレストラテジストではないことを暗に示すこともできます。

論文スキルの高いライバルとの戦い

 これについては正直なところ、楽に勝てる方法はありません。

 システムアーキテクト試験の論文の記事で示したような、論文設計の基本を身に着けた上で試験に臨む、ってのは当然なんですが、正直な所大半の人間がその辺を弁えた人たちなので、差別化要因にならないんですよね。

 私から何が言えるだろう、と思ったんですが、強いて言うならばこの辺でしょうか。

  • 空気のように読み、空気のように書ける ようになっておくのが最強。
    • たくさん本を読み、たくさん文章をアウトプットすること。
    • 要は国語力を鍛えよ、ということ。Blogを書き続けていたら論文パスした、って人もいましたが、おそらく両者には大きな相関があります。
    • 今回、私がどれぐらい空気のように書けたか、というのは、本試験でやらかしたヘマも含めて後でご紹介します。
  • 設問で聞かれていることを 題意を外さず、漏れなく答えること。
    • おそらく論文評価C以下の人は、設問で聞かれている事項に対して『題意を外しているか』『漏れがある』んじゃないかと推察しています。
    • 自分が言いたいことではなく、出題者の聞きたいことを答えてあげましょう。手持ちのネタを出題者の聞きたい内容に合わせて書けるようになりましょう。
  • HowよりもWhy,Whatに重点を置くこと。
    • ITストラテジストの場合は、具体的な要素技術、実装方式ではなく、企業やユーザが欲しい物 の話をしましょう。例えば収益新しい仕事新しい市場利用者の便益などです。
  • 良きストーリーテラーになる こと。
    • システム監査技術者以外の試験には、大抵流れがあるんですよね。現状→受験者が実施したこと→内外の評価とフィードバック、という。
    • この流れを自然に伝えられることで、論文がある種の物語性を帯びるようになり、読み手の頭に入りやすくなります。
    • 自然に伝えるためには、以下のことが重要になってきますが、一言で言うと 『読み手のことを考えた文章になっている』 かどうかです。
      • 事実を必要なだけの言葉で過不足なく伝え、
      • 前の文章と後の文章に連続性がありつつも、
      • 段落で話題が区切られており、
      • それぞれの行動に必然性がある

 まぁなんと言うか、『合格したければ、合格できる実力をつけることだよ』みたいな、言われる側からすると何の役にも立たないアドバイスをしているような気もしますが…論文スキルという話をするなら、結局のところ、

  • 事実でない事項も含めて、いかに自然に、論理的に相手の頭に文章を入れるか

 ってことでしかなくて、結局は論理的文章の記述力に帰着してしまいます。

 私は毎回これを培うために、試験1回あたり大抵10本ぐらい論文作成をしています。結局の所練習は嘘をつかないんですよ。

 ただ、どうしても文章が苦手でしょうがない、って人は、先述した『合格論文の書き方・事例集第5版』を最初の足がかりにすると良いです。

 Blogを書くなり、自分のペースで毎日文章をアウトプットしてもいいでしょう。

 その上で、上手な文章を書きたくなってきたら、この本をおすすめします。

数学文章作法 基礎編 (ちくま学芸文庫)

数学文章作法 基礎編 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:結城 浩
  • 発売日: 2013/04/11
  • メディア: 文庫

数学文章作法 推敲編 (ちくま学芸文庫)

数学文章作法 推敲編 (ちくま学芸文庫)

  • 作者:結城 浩
  • 発売日: 2014/12/12
  • メディア: 文庫

『数学』とありますが、技術文書全般に通用する名著です。最初は意識しながらだと思いますが、型が身につくと、良い文章が自然に出てくるのではないでしょうか。

 こんなことを考えながら、前述の通り10本(PC5本、手書き5本)ぐらい書いて本試験に望みました。

 これだけ書いてまだ書き足りないことがあるような気もしますが、気がついたら適宜補足します。

 いやー長かった。以下次号。


  1. この試験の前身が"システムアナリスト"であることを考えると、さもありなん、という感じ。